中学の同級生が共同で作ってます。
たった一度の
遅くなったが大会後記

今日も少年野球は休みました、膝の大事をとって。

自宅で、持ち帰った仕事に時間を割きました、

申請の是正事項の対処などの作図変更くらいならいい時間となりました

一方、老人ホーム施設への用途変更に対処するプランの変更には・・

なかなか気が済みません、以前も少し触れましたが、消防法と建基法
建築基準法)と実際の施設運営管理と相反する部分がどうにも
引っかかり
ます、

現在工事中の中で共同住宅から老人ホーム施設への変更、時間にも追われ

細部の整理に頭を痛める所です、 でもやるしか無い、

あれこれ考えますが、最後はどこを落とし所にするかだけです。

(ついつい、仕事の話になってしまいました。)

 

時間が過ぎてしまって、書くことが少し億劫になってしまいましたが、

第24回近隣地区大会は終わりました、

今回は参加チーム数を2チーム増やし、開催場所も河川敷グランドに

絞り進めました、大きなトラブルも無く予定する全試合を終える事が

出来ました。終わってみると初めての試みということで心配したより

事がスムーズに運んだ、こうして終えてみると、もう少し練るとこも

有りそうに思えて来ます。

それとは別にマニュアルの整備、待機時間のグランド付近での練習場所の

使い方の説明、今回隣接のゴルフ場に注意を受けたりしたことも、次回の

マニュアルに組み込んでいく必要があります。

そして、

大会を主催する立場と参加する団体(チーム)の立場と両面を抱える上で、

その辺の線引きが脆弱かもしれません、残念ながら、私が所属のチームは

トーナメントを勝ち進むことが出来ませんでした、 この事に気持ちが

因われていることが、線引きの脆弱な部分のようの思えます。

それもこれも、今後に繋いでいくように反省しましょう。

 

PS しばらく静観ですね、検証の現状を考えるといかにも分が悪い

  ただ、自身も当時の記憶は希薄です、

いかように料理されても仕方がありませんね。

 
Posted by : まめちん | 少年野球 | 20:19 | comments(0) | -
ケ−キ事件 28年目の検証 〜こぶたの視点 ◆

  監督、コメント有難う。確かに、これだけの歳月が経つと記憶と云うのは、おぼろげになるものですね。まめちんがホ−スをくわえてたと言われれば、そんな気がします。また、私は台車に乗っていなかったようにも・・・。

 それでは、28年前のケ−キ事件について、想像の域を出るものでは有りませんが、私なりに真実の究明を検証報告をしたいと思います。

○検証− ”線

 この惨劇について、私は伏線と思える出来事が存在した、と考えている。
 その出来事とは、以前、監督が、この掲示板に「あれは何だったのか」と書いていた、「摂津峡キャンプ トンボ帰り事件」である。
 詳細は以前、この掲示板にも記載したが、キャンプする予定が、着いて2時間もすれば、予定を取り止め帰路に着いたことである。
 何故、予定を取り止め、帰路に着いたのか。まめちんの欲情のオ−ラが原因だったと思われる。

 奥さんと付き合いだして、まめちんは、いっ諸に居たくてしょうがなかった。だから、監督と私と山の中で、くだらない時間を過ごしている事が、福岡から出て来ている事もあって、大切な時間を無駄にしているようで我慢ならなかった。

 そして、その不機嫌なオ−ラは、態度にも現れる。監督は、あまり感じなかったようだが、私にはビンビンと伝わってきた。さすがに、私達の手前、口に出す事はためらわれたのだろう。が、何万個と言う「帰りたいんや!帰って、××××したいんや!」の吹出しが、まめちんの体全体を覆っていた。
 窒息させるのか、と思えるほど、私を追い詰める、まめちんの欲情に端を発した不機嫌なオ−ラ、そして、福岡に帰らねばならず、確かに二人以上に、まめちんには時間が貴重であると思いやれる私の優しい気持ち、それらが合間見えて、「今日は帰えろか」の言葉になり、あの日は突然、キャンプを諦めたのだった。

 ケ−キ事件の惨劇の現場で、監督とまめちんがやり取りをしている時、まめちんから発散それた異様な雰囲気。それは、キャンプ中止の際に感じた、不機嫌オ−ラと同質のものだった。しかし、今回の惨劇の現場でのオ−ラのパワ−は、キャンプの時とは、比べられないほど大きなものだった。、
 このオ−ラを感じたかどうかで、監督と私で、惨劇の受け止め方に差が生じたかと思われる。免疫、または耐性と言い換える事が出来るかも知れない。監督に比べて、ダメ−ジが少なかった分、私は、目の前の現象以外の他の事に、思いをはせる余裕が生じた。

 ▸免疫、または耐性菌の正体◄
 『まめちんにとって友情は、欲情の前ではチリほどの重さもない』の認識

○検証−◆,泙瓩舛鵑了情

 監督とまめちんのやり取りを見ながらも、免疫を持ち、目の前の現象以外の事に、考えを巡らせる事が出来た私の頭に、次のことが浮かんできた。まめちんの事情である。

 その頃のまめちんは、今のような設計の仕事ではなく、大工さんの修行していた筈である。施工現場によっては、何日も現場に泊り込んで働くと言うような事を聞いていた。結婚前か新婚後間近の彼は、奥さんに会いたくてたまらず、泊り込んだ現場から抜け出し、束の間の逢瀬を楽しんだ後、夜も明けぬうちに、また遠路戻っていく事も1回や2回ではないと。まめちんの欲情は、「雨月物語」菊花の契りの如く、千里を駆ける事も可能かと思わせた。

 あの惨劇の前、まめちんは、滋賀の現場で働いていると言ってなかったか?この週末の土曜日の今日は、久しぶり?そうや、そうや。あっ、でも、流石に7時からは早すぎるやろう。顔見せて、少し話をして帰ったら大丈夫や。だから監督に了解の返事をしたんやっけ。甘かったか・・。まめちんを常識の範疇で測ったらあかんかったんや・・・
 そんな事が浮かんでいた私は、目の前の異様な光景に動揺しながらも、多少冷静な判断を下せる部分も覚醒しだしたのだった。

 ▸まめちんの事情とは◄
 『久しぶりの逢瀬であった』

 取り留めなく書いていたら、また長くなってしまった。何か、ユ−ザ−に提出する、不具合改善報告書を書いているような気分で。
 次回は完結したいと思っています。                  (つづく)

Posted by : こぶた | 思い出キラリ | 21:45 | comments(0) | -
キンカンズ夜話(93)
今日は金曜日。今週はいろいろあってさすがにしんどい。今日は早く帰ります。
今日は久しぶりに外に出ました。民事再生を申請した会社の債権者説明会です。
こういう状態にはなりなくないと思うものの、誰もなりたくてなったわけではないでしょうから、世の中は厳しいものです。
しかし、昔に比べると倒産しても民事再生法だ会社更正法だと立ち直る企業も多くなっているような気がします。これってどうでしょう。確かに会社が立ち直るのはいいことですが、その陰には債務免除により損害を受けた会社、個人がいます。
そのことを考えると…しかしルールですから、守らないといけませんが。
ちょっと今日は疲れたので帰って寝ます。一晩寝ればまた活力アップするでしょう。

追伸    人の情に時効なし
















Posted by : 監督 | - | 20:52 | comments(0) | -
隼→鶏→?
 

今朝、通勤途中、磐船神社を過ぎて、いつも渋滞する北田原付近に、

で・・・・・一昨日は始まりました、   今日は、

今朝、通勤途中、磐船神社の手前、星田府民の森、その中を走る道、

大きなカーブで減速、少しフロントガラスを上目使いに視線を送ると

左手方向の間知積の上に白い二つの影、 鶏?ニワトリ がいる、

しかも番で寄り添っている、驚いた今まで何回この道を走ったことか、

今日の今まで始めてここで、ニワトリ、を見た、(野山の中ので)

これはラッキーな一日のはじまりなのでしょう。 (~.~) hehehe

 

僅かな時間だったので確かなことは言えませんが、

白いその容姿からレグホン種(コーニッシュ種かも)だと思うけど、

若干雄の尾羽が鼠色にくすんで見えた、もしかしたら別の種類かも

しれません。

しかし何故、考えられるのは、鶏舎から逃げ出したところかな、

この森なら狸や狐くらいは居るだろう、それらに襲われることは十分ある、

なんとなく、また会えたらいいなと思う。

 

連日、珍しいものを見かけると、明日はどうかなと期待してしまう。

 

鶏といえば、、長尾鶏、東天紅鶏、軍鶏、矮鶏、などの愛玩品種から

名古屋コーチン、比内鶏、レグホン、プリマスロック、食用品種、

鶏インフルエンザの影響で生産用の路地飼いが出来なくなり、

地鶏と言えど、地面を走り回ることはないようです、(籠の外で)

近年まで地鶏は地面を走りまわっている鶏のことを現しているのかと

思っていました、実際には、その地方の鶏の地鶏の表現のようですね、

比内鶏にしても天然記念物なのになんで食用に使われているのかと、

不思議に思っていましたが、合鴨といっしょで、

ロードアイランドレッドというアメリカ産の鶏とのハーフで流通品に

出来るとか、(JAS規格)なるほどね、と納得。


田舎に帰省した際、一度辺鄙な養鶏所を見学に行ったことがある、 

スローライフを楽しめるようになったら、小さな鶏舎を作ってみたい、が

かなりハードルは高いでしょう。

 

そういえば、昨夜は、BSで 天然コケッコー を見たばかり、

その翌日に、コケッコー を目撃した、この不思議、何とも不思議 。

(これを、もってる と言うのか、・・・・・つまらない話でした。)

 

PS、ケーキのことで何やら捜索(見分)が始まったみたいだ、

  完全に時効の時間は過ぎている、・・・・・、

しばらくは、様子見としよう。

Posted by : まめちん | 雑感 | 21:08 | comments(0) | -
キンカンズ夜話(92)
こぶたさん、28年目の検証、読ましていただいております。
記憶違いがあれば指摘してくださいとのことですが、こぶたさんが検証している内容ほどは覚えておらず、結構そうだったのかというところがあります。
何故まめちんの家に行くのにケーキを持っていたのか判然としませんでしたが、そうそう、ガス欠になったことありましたね。
あの時の車は私の車ではなく義兄の車の車検による代車で、私は当時車を持っておりませんでした。
そして神業のガソリン補給ですが、これはまめちんがやったような・・・かすかですがそんな記憶があります。
津之江の坂、思い出しますね~
今後の展開を楽しみにしております。
















Posted by : 監督 | - | 23:29 | comments(0) | -
ケ−キ事件 28年目の検証 〜こぶたの視点  
  前回の監督の投稿でケ−キ事件が触れられていました。その中で、
 「一緒にいたこぶたさん、ワシは激怒してもいいんと違うかな?」
と書かれていました。

 30年近く経った今でも、人の恨みと云うものは、薄まる事は無く、ますます濃くなっていくのを目のあたりにして、怨念の深遠さに眩暈さえ感じます。
 私達3人の関係を語る上で、この事件は外す事は出来ません。しかし、その時の各自の立っていた位置で、受け取り方、感じ方に微妙な違いがある事も認めざるえません。

 何故、あのような惨劇が起こったのか、あの時、各々が感じた思い、記憶を詳らかにする事により、これまで晴れることのなかった、二人の確執の氷解の一因になればと思い、私の視点(この惨劇の場合、まめちんが加害者、監督が被害者、さしずめ私は、被害者的第三者でしょうか)から述懐させていただければと思います。
  尚、正確を期すため、時系列に箇条書きの形式を取らせていただきます。

【発端〜発生】

 ○某年某日
◆監督、こぶた まめちんの家に遊びに行く。 ※注-1
   (注-1 この時のまめちんの家とは、津の江のまめちんの奥さんの家の事。尚、この時、まめちんと奥さんは、新婚1年以内だったか、結婚式を間近に控えていた頃と記憶している。
◆いつもの些細な歓談の後、監督、こぶたは帰路に着く為、家の横の駐車場へ向かう。こぶたは、監督の車に同乗させてもらっていた。まめちん夫婦も駐車場まで、見送りに出てくれる。時刻は、夜の11時を回っていたか。
◆トラブル発生。車のエンジンがかからないのである。尚、この時の車は、監督の車が車検か点検の為、借りてきていた台車であった。
◆色々調べるが、原因が不明。いたずらに時間ばかりが過ぎていった。
◆救世主登場。私達の騒ぎを聞きつけたのか、近所の人が見に来る。すぐに原因をガソリンが無い事と看破される。 ※注-2
   (注-2 私の記憶では、この救世主は、まめちん夫婦と知り合いだったように覚えている。名前を呼んでいたような・・・。不確かである。)
◆救世主はゴムホ−スを用意し、自分の車から口移しのような神業を使い、監督の車へ補給する。
◆監督の車(台車)復活。救世主に御礼を言い、改めて帰路に着く。もう、深夜の2時近かったか。

 ○事件発生の数日前
◆監督よりこぶたに連絡あり。先日は、まめちん夫婦に迷惑をかけた。お詫びに行きたいので、付き合って欲しい。
◆その週の土曜日の夕刻、富田駅で待ち合わせで、こぶた了解。 ※注-3
   (注-3 この頃はまだ、週休2日は定着しておらず、監督もこぶたも仕事帰りである)

 ○事件当日の夕刻
◆夕刻、監督とこぶた、富田駅で合流。
◆監督は、この時すでに、不二家だったかコトブキだったかタカラブネだったか、購入したケ−キの箱を持っていた。
◆二人は、自転車でまめちんの家に向かう。

 ○事件当日  事件発生現場
◆監督、こぶたが、まめちんの家に到着。監督が玄関の呼び鈴を鳴らす。夜の7時頃だったか。
◆しばらく待たされた後、まめちん登場。体全体から不機嫌さを漂わす。
◆引き戸は、半分だけ開かれ、応対するまめちん。外に出てくる、招き入れる、そんなつもりが無いのは、一目瞭然である。
◆異常な雰囲気を感じつつも、監督が訪問の趣旨を説明。そして、持参したケ−キの箱を差し出す。まめちんは、ひったくるように受け取ると、音がする程キツク、引き戸を閉める。
◆私の不確かな記憶では、その間、まめちんは不機嫌そうに「フン」と3回言っただけだった。勿論、有難うの言葉は無い。
◆呆然と取り残される二人。言葉を失う。一瞬、NHKの集金人か、いかがわしいセ−ルスと間違われたのかと思う。今、二人を対応したのは、何年来の学生からの友人で、ともに泣き笑いした関係だった筈だ、と心の中で自問する。
◆心は拒絶を叫びながらも、この状況が、まぎれも無い現実だと自覚する。

 ○事件当日  事件発生現場からの帰路
◆二人で自転車をこぎ出す。お互い、何も喋らない。
◆津の江の堤防の坂を登り切った辺りで、監督がやっと口を開く。
  「あれは無いわなぁ」
◆監督の心の底から絞り出た言葉を耳にし、頷くこぶた。しかし、こぶたには、違った思いもあったが、今の状況を鑑みて、口にする事が出来なかった。

 監督、これが私が覚えている、事件のあらましです。監督の視点とは違う所があると思います。補足、誤りの訂正があれば、お願いします。

 長くなってしまいましたので、ここで続きとします。
 次回は、私なりの視点で見た、惨劇の真実を検証してみたいと思います。(つづく)
Posted by : こぶた | 思い出キラリ | 20:29 | comments(0) | -
キンカンズ夜話(91)
2日間ゆっくりとお休みをいただきましたが今週はちょっと休みなしになりそうです。
今、ブログを見るとまめちんが怪我をしながらもバイクを駆けているとのこと。達者なこっちゃなァと感心しながら読み進むと家族と仲良くケーキを食べたとのこと。「ン?」「まめちん?ケーキ?まめちん?ケーキ?」と頭の中で2つの単語が駆け回ります。
約30年前になるか、あの忌まわしい出来事は。
こぶたさんとともにまめちんを訪問し、ケーキをお土産に持参して行ったのですが、何か重大な用事でもあるのか一歩も家に上げてもらえず、ケーキだけをふんだくられたあの出来事を。

これに比べたら、こぶたさんが言っていた去年の夏の出来事などはなんでもないことです。
というか、去年の出来事は私も覚えておりますが、こぶたさんが思うのとは逆に、突っ込んでもらっておいしいというところでしょうか。
もともと勉強が出来ないというところをウリにしてきたところがあり、そんなことは別にどうとも思いません。
大体私自身が勉強が「出来なかった」のではなく「やらなかった」という思いが強いので、これはどうということはありません。
それよりケーキよ、ケーキ!
なにぶんこれだけ昔のことになると記憶がうすれますので、何がどうとも言えませんが、一緒にいたこぶたさん、ワシは激怒してもいいんと違うかな?






Posted by : 監督 | - | 23:06 | comments(0) | -
はやぶさ(映画とはちがいます)

今朝、通勤途中、岩舟神社を過ぎて、いつも渋滞する北田原付近に

さしかかった、スピードを緩め、フロントガラスを上目使いに見る

横から飛んでくる影に目が留まった、ドバトを二廻り大きくした影、

久々に見かける、ハヤブサの姿である、

この生駒と交野の付近で以前も見かけたことがある、今日は3秒程では

あったけれど、羽ばたきも少なく、低空を平坦に飛んでいた、
少し大振り
なその影は雌鳥かもしれない、

週末、河川敷でもハヤブサを見かけるが、こんな低空を飛ぶのを見ることは

あまり無い、 これはラッキーな一日のはじまりなのでしょう。

最近、はやぶさ と言えば宇宙から帰還した衛星が一般的な捉え方ですが
今日見たハヤブサにもエールを送ろう。
 

通勤途中、境を越えて奈良に入るとさほど環境が変わったとは思えないのに

府内ではあまり見ることのない、鷺の仲間、少し橙色が綺麗な

アマサギを見かける、数羽の群れで水田の中餌を探している、

その鳥は夏の渡り鳥、冬は台湾、中国南部に渡るらしい、

人間にはなかなか、出来ないことでしょうが、

気候により地方を巡り渡る、ある意味優雅な生活かもしれない、

 

私が子供の頃から持っている鳥類図鑑は、ページによると好きな鳥の挿絵に

印をつけてあったりする、その本が今も手元に在る、
少し滑稽ではありますが、
愛読書として、
お守りのように大切にしてきました。



 

年明け、各人の投稿のペースが凄まじい、今月は新記録ですね?

 
Posted by : まめちん | 雑感 | 20:11 | comments(0) | -
記念の日

昨夜帰宅時、ショートケーキを買い帰った、

玄関から居間に入りその箱を冷蔵庫に収めようとしていると

その箱を見つけたりんが、「ケーキ? ありがとう」と言う、

それを、自分のお土産だと思っている、

少し意地悪く、 「えっ、これは違うでぇ、」と言う

「誰かの、誕生日?・・・」  「違うよ」

う〜ん、誰かの誕生日ねぇ〜  1/23は記念日、 1983以来

早くも29年が過ぎている、

誕生日と聞かれて、少し口元が緩んでしまった、

そうかもしれない、その日が始まりで、今ここに自分が居る

そして、りんがこそ、この日がなければ、ここには居ない。

今日は子供達2人は帰宅が遅いようだ、

9時過ぎに、家内とりんがでケーキを食べる準備を始める、

私にも勧めるが、遠慮して紅茶だけにする、

「美味しい美味しい」と食べる、食べながら何故ケーキを買ってきたかが

気になるようだ、確かにそう言われると、何かの節目しか買うことはない。

 

「誰の誕生日?」と聞く、りんがを見て、家内は、ご機嫌な顔をします、

結婚式を挙げて29年が過ぎています。



2つ食べ終え、あと4つ残っています。

 

PS、監督とこぶたさんと家内の会話・・。、状況がわかるような気がする、

たしかに、お二人さんには、私も含め、姉のような物言いをするところが

ありますね。

 
Posted by : まめちん | 思い出キラリ | 12:53 | comments(0) | -
人生
  監督が、次男のセンター試験について書いていました。それを読んで、思い出した会話があります。

 昨年の9月に、私が大阪に行った時、監督といっ諸にまめちんの家に泊めてもらいました。
 翌日、少年野球の試合を見学して、まめちん宅でシャワ−を浴び、くつろいでいた時でしょうか。
 居間にいたのは、監督とまめちんの奥さんと私です。まめちんは、何か他の用事でもしてたのかな。

 監督が、次男は成績が良く、学校で一番になったと言いました。それを聞いた、まめちんの奥さんと私は、打ち合わせをした訳でもないのに、同じ言葉を発しました。
 「誰の血や?」
 「誰の血ぃ?」
 監督は、意外な質問をされたと思ったのか、少し動揺して
 「も、勿論、ワシの血や」
と答えましたが、まめちんの奥さんは、エ〜と云う顔をして納得していません。

 私がとりなすように言いました。
 「しかし、監督は、子供の頃から本もたくさん読んどったし、中学の頃は、誰も知らんような中国の格言や故事を言うとった。だから、決して勉強が嫌いな訳ではなく、好きな事しかせんかったみたいや。それが、ええ方に向いとったらなぁ。」

それを聞いた、まめちんの奥さんは

「ほんま、ええ方に向いてたらなぁ。」

と、念を押しました。

 それに対して、監督は何も言いませんでしたが、私も次の言葉が出ませんでした。

 私は、最後に軽い笑いのオチで、話をまとめたたつもりだったのです。
 まめちんの奥さんも、監督との付き合いは短くないのですが、それよりずっと長い私でも、人の人生を断定して言い切る勇気は持っていません。
 私やまめちんが言うのには、問題ないと思うのですが、同じ内容でも、まめちんの奥さんだと重みが違います。まして、念を押してしまうと、監督のこれまでの人生は、ええ方に向かずに来たと、断定しているようなものでした。
 今、二人が目の前にしている50過ぎの太った男は、間違った方向に進んだ結果が具現化した者になってしまいました。

 二人の記憶に残っているかは、定かではありませんが、私は、監督が少し可哀相に思えました。そのせいで、この短く些細な会話を覚えているのかも知れません。

 監督の次男君には、父親と違い、ええ方に向いて進んできたのだから、よい春が迎えられることを祈るばかりです。
Posted by : こぶた | 雑感 | 21:25 | comments(0) | -
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